チェコとドイツの歴史文化言語的繋がり

2022年01月07日

チェコとドイツが隣の国ということをこのブログを読んでいる人はご存じですか?チェコに住んでいる人にとってドイツは日帰りで行ける便利な国という印象ではないでしょうか?特にプラハに住んでいる人にとってはドレスデンやベルリンはアクセスの簡単な都市で車や電車、バスで行ったことが多いと思います。今回はチェコとドイツの面白い歴史や言語、文化の面から繋がりについて少し紹介したいと思います。

実は密接な繋がりを持つチェコとドイツ

チェコに来たことが無い人にとっては、チェコとドイツは全く別の国のイメージを持つ人が多いと思います。ドイツはゲルマン系に対してチェコはスラブ系、グループが違えば言語だって全然違います。ドイツはユーロを使用していますが、チェコは未だにチェココルナという独自の通貨を使っているおかげで、ドイツ人やユーロ圏から来た人にとってはチェココルナの料金が安いのか高いのかぱっと見では見当もつきません。しかしやはり隣国通し、チェコはドイツから様々な影響を受けています。

中世チェコはボヘミア王国として神聖ローマ帝国の一員

世界史やヨーロッパ史がお好きな人はボヘミア王国という名前を聞いたことがあると思います。ボヘミア王国領は時代によって国境が変遷していきますが、チェコは昔ボヘミア王国として神聖ローマ帝国の大事な一員として存在していました。神聖ローマ帝国というとドイツの前身というイメージがあり、地理的に間違いではないですが、神聖ローマ帝国はドイツ語以外にもチェコ語、オランダ語、フランス語、ポーランド語など地域によって他の言語も使われていました。

ボヘミア王国はただ神聖ローマ帝国の一部だっただけではなく、7選帝侯の一人として神聖ローマ帝国皇帝の選挙権を有する有力諸侯の一つでした。またボヘミア王国はカレル4世を神聖ローマ帝国皇帝にするなど非常に有力な地位を持つ時代もあったのです。カレル4世はチェコで一番有名な王様で、ある意味チェコの父の一人とも言えます。プラハで有名な観光地であるカレル橋も彼の名前から来ていますし、チェコで一番古い大学は彼の命令でできたこともあり、カレル大学と呼ばれてなんと1348年に設立されています。ちなみにカレル大学はドイツのどこの大学よりも早く設立されており、中欧最古の大学として存在しています。

カレル4世
カレル4世
カレル橋
カレル橋
カレル大学
カレル大学

チェコとドイツの繋がりを話すうえで、大学もチェコとドイツの密接な歴史を示す点があります。プラハ大学は創立時法学、医学、哲学、神学の4学部がありました。中世の大学は現在の組織構造とは違い、簡単に説明すると学生が主体に運営するボローニャ大学(ヨーロッパ最古の大学)の形に対して、パリ大学は教師が主体的に大学を運営していました。そしてカレル大学は両方の要素を併せ持った形で運営が始まりました。

しかし運営は段々と教師が運営の権限を持ち始めていき、大学では運営方法に関して学生や教師の出身グループによって意見が分かれていきます。そして決定的に亀裂が入るのがマルティン・ルターに先駆けて宗教改革を唱えたヤン・フスがカレル大学の学長の時に起きるのです。1409年のクトナーホラ勅令が出されて分裂に陥りドイツ系のグループがカレル大学から退去し、そしてそのドイツ人グループが同年現在のドイツ領に設立したのがライプツィヒ大学になります。ライプツィヒ大学はドイツ内でも5番目に古い大学で、この歴史的経緯から見てわかる通り、ドイツとチェコの歴史は共有されていると言っても過言ではありません。

ドイツの影響を受けるチェコ語

チェコの人口は約一千万人で公用語はチェコ語です。チェコ人はもちろんチェコ語を話すのですが、実はチェコ語が常にボヘミアで話されていたわけではありません。これには上で説明した歴史が関わってきます。17世紀にボヘミアは30年戦争という苛烈な戦争に巻き込まれます。巻き込まれた、という書き方をしましたがこれは正確ではないかもしれません。というのも、30年戦争は今のドイツで起きた戦争のイメージがありますが、実は30年戦争のきっかけはプラハから始まった戦争で、時代が経つにつれて参戦勢力や目的が変わってきます。

30年戦争のお話やその時のプラハやボヘミアの話だけでも本が一冊できるほどの内容ですが、この戦争で大事なポイントは30年戦争の結果により、ボヘミアはハプスブルグ家の支配下に置かれ、ボヘミアはドイツ語が公用語になりチェコのドイツ語化が行われたのです。そこからの2世紀でドイツ語が支配言語になり、ボヘミア人もドイツ語が日常で話される言語に置き換わりました。おかげでチェコ語はボヘミアでも田舎や一部の農民が話される程度にまで減少し、地上から無くなりかけるまでにマイナーな言語になってしまいます。イギリスのBBCにこの経緯を説明した記事があります。少し長いですが、とても面白い部分なので、原文と訳を下記に記したいと思います。

「Czech locals, mostly peasants and working class people, were forced to speak the German language of their invaders. Soon after, intellectuals, who had initially resisted the German language, followed suit. Even Czech actors began to perform in German as an official mandate. Czech became a mere dialect...Seventeenth-Century wood-carvers, who were more versed in sculpting Baroque seats for churches than human facsimiles, started making puppets for the actors of Bohemia soon after Ferdinand II came to power, as puppets were the only remaining entities that had the right to speak Czech in public places...It might seem unlikely that a few hundred puppets and puppet-masters could safeguard a language, especially through a loophole, but the people's last remaining legacy to their past was tied to the puppet's strings.」

訳:農民や労働者階級を中心とするチェコの人々は、侵略者のドイツ語を話すことを余儀なくされた。やがて、当初はドイツ語に抵抗していた知識人たちも、それに追随するようになった。チェコの俳優でさえ、公式の義務としてドイツ語で演技をするようになった。チェコ語は単なる方言に過ぎなくなった〜中略〜​​17世紀の木彫職人は、人間の複製よりも教会のバロック様式の座席の彫刻に精通していたが、フェルディナント2世が政権を握るとすぐに、ボヘミアの俳優のために人形を作り始めた。人形は、公共の場でチェコ語を話す権利を持つ唯一の存在として残ったからである〜中略〜数百人の傀儡と傀儡師が、特に抜け道を使って言語を保護することはありえないと思われるかもしれないが、人々の過去への最後の遺産は、パペットの糸に繋がっていた。

引用:Why Czechs don't speak German BBC 

そして18世紀から19世紀にかけてチェコ語のリバイバル運動が起きて、チェコ語が甦りました。こういった複雑な経緯を受けてチェコ語が今ではチェコの公用語として甦りましたが、一方でチェコ語はスラブ語圏の中でもドイツ語の影響を特に強く受けた言語となりました。チェコ語のリバイバル運動が起きる前はドイツ語には存在する言葉がチェコ語に存在しない言葉も少なくありませんでした。なのでチェコ語を甦らせるために借用元のドイツ語の構成要素である形態素(または語)のひとつひとつを翻訳し、これを組み合わせて新しいチェコ語を作っていったのです。

チェコ語とドイツ語が似ているものは沢山ありますが、例えば英語の「face」はドイツ語では「Gesicht」と書き、チェコ語では「ksicht」と書きます。これを他のスラブ語であるポーランド語だと「twarz」で、クロアチア語だと「lice」になるので、スラブ語よりドイツ語に似ているのが見て取れます。

文化的共通点ももちろん見かける

ここまで歴史やそこから結びつく言語についてのお話をしましたが、もちろんチェコとドイツは似通った文化も見かけられます。一番例に挙げられやすいのがビール文化になります。チェコもドイツもビールが非常に有名で、チェコ人もドイツ人も大のビール好きです。しかし面白いことにチェコ人は一人当たりのビール消費量が世界一で、よくそのことを自虐的に自慢しています。キリンビールが2018年のビール消費量の統計を出していますが、それによるとチェコは26年連続一位で3位のドイツに倍近い192ℓとなっています。これがどれくらい多いかというと、日本人の一人当たりのビール消費量が40.2ℓなので、日本人の5倍飲むというかなり桁外れな数字です。

理由は色々あると思いますが、間違いなくビールの値段の安さが大きな要因の一つと言えます。前にこの記事でレストランのビール代を少し紹介しましたが、スーパーでビールを買うと500ml缶でも日本円で50円くらいで買えるので、ビール天国の国です。ちなみに近代ビールの祖であるピルスナーウルケルはチェコ発祥ですが、ピルスナーウルケルチェコの都市ピルゼンの市民が設立したビール会社Bürgerbrauereiが雇ったドイツ人技術者によって開発されました。この辺のエピソードは石川雅之さんのマンガ「もやしもん」でも紹介されていたと思いますので、興味がある方はチェックしてみてください。

チェコ人とドイツ人の共通点は色々あるので上げ始めるときりがないのですが、もうひとつ面白い共通点として上げたいのがガーデニングです。園芸好きが多いチェコの記事でも紹介しましたがチェコ人はガーデニングが大好きで自分のガーデニングを大切にしています。面白いことにドイツ人もガーデニングが大好きで彼らもガーデニングに一生懸命手間暇をかけています。ドイツDEニューライフの記事によると、25%以上のドイツ人がガーデニングを最も好きな趣味として挙げていて、シュレーバーガーデン・クラインガーデンという賃貸農地制度もあるので家に庭が無くても借りてガーデニングが行えます。チェコ人もドイツ人もお家にかけるエネルギーは相当なもので、自分のパーソナルスペースへの時間やエネルギーの投資は厭いません