エンスラポイド(類人猿作戦)②

2017年05月27日

「プラハの虐殺者」「死刑執行人」「金髪の野獣」「第三帝国でもっとも危険な男」 様々な別名をつけられた人物。ラインハルト・ハイドリヒ。
「HHhH」は、「ヒムラーの頭脳はハイドリヒと呼ばれる」という親衛隊内でのハイドリヒの通り名でした。
ヒトラーにボヘミア・モラヴィア保護領副総督として任命され、1941年、プラハに着任します。つけられた名前は「プラハの残虐者」。

中央がラインハルト・ハイドリヒ
中央がラインハルト・ハイドリヒ

ロンドンのチェコスロヴァキア亡命政府のベネシュ大統領はハイドリヒの暗殺計画 に、チェコ人とスロヴァキア人の2人のパラシュート特別攻撃隊員を任命した。
モラヴィア出身のチェコ人ヤン・クビシュとスロヴァキア人ヨゼフ・ガプチークの2人でした。

ヤン・クビシュ
ヤン・クビシュ
ヨゼフ・ガプチーク
ヨゼフ・ガプチーク

1942年5月27日、自宅からプラハ城へ向かうメルセデスに乗ったハイドリヒを二人が襲う。ヘアピンカープで減速したところをまずガプチークが向かいから現われイギリス製ステン銃の引き金を引く。が銃弾が出ない。
ハイドリヒの運転手が車のブレーキを踏んで発信させなかったため、背後からクビシュが投げた対戦車用手榴弾がメルセデスの後部右脇で爆発した。

Wikipediaより
Wikipediaより

この襲撃では生き延びたハイドリヒでしたが、爆発の際に体に入り込んだメルセデスのシートに使われた馬の毛によるものか、爆弾に入れられていた毒物だという説もあるらしいですが(『HHhHp.337-338を参照』)、感染症により一週間後の6月4日に死亡します。

後日、切手に描かれた後半部についてご紹介いたします。